技術情報

第35号 高密度タングステン合金『ヘビーアロイ』耐摩耗材の腐食特性

1.はじめに

超硬合金をはじめとする硬質材料は、高硬度等の優れた機械的特性により耐摩材として広く用いられています。近年これらの材料は腐食環境下でも用いられるようになり、これに対応すべく弊社では、耐食性を向上させた超硬合金、さらにはチタン(Ti)をベースにした硬質合金の開発をおこなってきました。これらの材料の開発にあたっては、腐食現象を正確に評価し、そのメカニズムを理解することが必要となります。ここではこららの硬質材料開発における腐食現象・腐食評価方法・腐食メカニズム・防食方法について概論します。

2.硬質材料の腐食

腐食と聞いてすぐに思い浮かべられるものは、鉄鋼材の表面に赤褐色に生じる錆ではないでしょうか。これは鉄が大気中の酸素や水と反応し酸化物、水酸化物として反応生成物を形成したものです。一方、超硬合金をはじめとするセラミック硬質相と金属による複合材では、結合相金属が優先的に溶液中に溶け出していくような腐食形態を示すため、表面に腐食生成物を生じず、一見腐食しているようには見えませんが、内部は大きく腐食していることもあります。このように腐食にはいろいろなタイプがあるので注意が必要です。

3.腐食評価方法

1.浸漬試験
評価する試料をその使用環境に近い溶液中に一定時間浸漬させた後取り出し、試料重量減少量もしくは溶液中へ溶出した量を定量します。その値から腐食速度(mm/year)が算出できます。浸漬試験では試料自体が溶液中で自然浸漬電位(腐食電位)となり、その状態で腐食が進行していきます。
従って、この浸漬結果から、その試料を使おうとする環境において単体で適用可能であるかをおおまかに判定することができます。また、溶出した物質の組成などから、腐食のメカニズムを推定することも可能です。
代表的な超硬合金の海水における浸漬試験結果(腐食速度)を図3-1に示します。この図より明らかなように、最も一般的なWC-Co合金(G2)と比較してWC-Ni合金(NR8)、バイングレス合金(RCCL)、サーメット(DUX40)、Ti系合金(TM-2)が耐食性に優れることが分かります。使用条件にもよりますが、腐食速度が0.02(mm/year)以下なら実用上使用可能であり、0.01(mm/year)以下なら優れた耐食性を有するといえるでしょう。
2.分極測定
分極測定とは、評価する試料表面の電位を種々に変化させ、その電位におけるアノード反応やカソード反応の量を電流(電気量)という形で定量する、電気化学的測定法の一つです。
動電位分極測定装置例を図3-2に示します。評価する試料と対極(通常は白金)を試験溶液中に浸漬させて回路を構成させ、ポテンシオスタットとファンクションジェネレーターで電位を走査させたときに回路を流れる電流を定量して、電位と電流密度(単位面積あたりの電流値)の関係を示す分極曲線を得ることができます。
弊社の代表的な超硬合金の分極曲線を図3-3に示します。グラフは横軸に電位を、縦軸に電流密度を対数でとっています。卑な電位(マイナス)から貴な電位(プラス)へ変化するとカソード反応(水素や溶存酸素の発生など)を表すカソード分極曲線、カソード反応とアノード反応が釣り合っている腐食電位(≒自然浸漬電位)、アノード反応(腐食など)を表すアノード分極曲線が得られます。ここで、電流密度は反応速度と同じなので、グラフ上で上側にあるほどその反応が活発に起きていることを表しています。また、異なる金属同士が接触している場合、電位が相対的に卑なものがマイナス極、つまり腐食する側になることから、腐食電位はより貴な電位にあることが望ましいことになります。従って、グラフ内で右下側(電位が貴で電流密度が小)にあるほどその溶液中で耐食性に優れていると言えます。
この図3-3より、最も一般的なWC-Co合金(G2)と比較してWC-Ni合金(NR11)、バインダレス合金(RCCL)、サーメット(DUX40)の分極曲線はグラフ内で右下側へシフトしており、腐食反応が抑えられ、耐食性に優れることが読みとれます。また、特にアノード分極曲線が低電流密度側へシフトしていることから、これらの合金の耐食性向上はアノード反応の抑制が主な原因であることがわかります。
3.確証試験
新しい用途に材料を適用する場合には、耐食性の評価として、まずラボレベルでの1.浸漬試験、2.分極測定による材料のスクリーニング、腐食判定を行います。しかし実際の使用に当たって思わぬ腐食トラブルが発生することがあります。これらはガルバニック腐食、隙間腐食(後述)等の機構上の問題や、実際の河川水や海水では、温度、湿度、溶液のpH、溶存酸素量の差や微生物による腐食(Microbially Influenced Corrosion:MIC)など環境による問題によります。従いまして、実操業の前に実機での試験やそれに極めて近い状態、環境での試験による確証が重要となってきます。
ここでは弊社におけるポンプスリーブ材での評価試験の例を紹介いたします。上記浸漬・分極試験により選定された材料は、写真-1に示すます、摺動摩耗試験機により、各種溶液内での摺動試験を実施します。この試験では、機械的な摺動特性とともに使用環境に近い条件下での腐食挙動の把握が可能となります。さらに写真-2に示しますような、軸ステンレス鋼と硬質材スリーブを、実機と同じ構成で組み合わせた試料での実海水浸漬試験を行っています。写真-3には海水浸漬試験後の試料を示しています。この試験では、海水中でのステンレス鋼との間で生じるガルバニック腐食・隙間腐食、摺動によって生じる痕跡や残留応力等の表面状態に起因する腐食差など、実機に即した腐食情報を得ることができます。

4.腐食メカニズム

(1)腐食の種類
腐食を分類すると以下のようになります。
1.腐食環境(水の有無)
・腐食(室温近傍で酸素と水の存在下で進行)
・乾食(高温で気相酸素によって進行)
2.腐食部位
・全面腐食(環境にさらされている表面全体がほぼ同時速度で進行)
・局部腐食(一部のみ進行)
3.腐食形態・原因
・ガルバニック腐食(異種金属同士の接触による)
・孔食(不働態被膜表面の小さな孔に局所的におこる)
・すきま腐食(金属の狭い間げきや凹部に起こる)
・応力腐食(引張応力下で起こる)
・粒界腐食(金属材料の結晶粒界に沿った選択的腐食)
4.複合腐食
・エロージョン腐食(流体衝撃による浸食(エロージョン)と同時に腐食が起こる)
・電食(漏えい電流による)
(2)腐食メカニズム 1.局部電池機構
金属の腐食現象は、一般に、電気化学的に説明することができます。酸性溶液中での鉄の腐食を考えてみましょう。その概念図を図4-1に示します。鉄の表面はエネルギー的に決して一様ではなく、局部的に溶解しやすいところが存在します。ここで溶解反応が生じ鉄のアノード溶解反応は次式で表せます。

アノード反応:Fe→ Fe2+(Feイオン)+2e-(電子)(4.1)

鉄が溶解した周辺の腐食されていないところでは次のような水素の発生反応がおきます。

カソード反応:2H++2e-→ H2(水素) (4.2)

このように、式(4.1)の反応で鉄の中に残された電子は、その周辺に移動し、式(4.2)で示した溶液中のH+イオンとの反応に消費されます。そこで、鉄の腐食反応は全体として次のようになります。

腐食反応:Fe+2H+→ Fe2++H2 (4.3)

この反応はそれぞれの標準電極電位差によって自然に進行し、電池反応の機構がそのまま適用できます。また、鉄の場合のみではなく、一般に金属の腐食反応にもこの機構は適用でき、これを局部電池機構と言います。
2.硬質材料の腐食メカニズム
超硬合金をはじめとする硬質材料は、ほとんどの場合、炭化物や酸化物である高硬度のセラミックス相とそれらを結合しているコバルトやニッケルなどの結合相とで構成されています。通常使用される室温付近の中性あるいは弱酸性環境において、セラミックス相は結合相と比較してはるかに耐食性が優れているので、実用上問題となる硬質材料の腐食は結合相の腐食であると言えます。以下にいくつかの主な腐食メカニズムについて紹介します。

2-1単独腐食
単独腐食のメカニズムを中性溶液中における超硬合金(WC-Co合金)の場合を例にあげて説明します。
図4-2に中性溶液中における超硬合金(WC-Co合金)の単独腐食メカニズムの概念図を示します。腐食現象は局部電池機構により、結合相であるCoがWCを残してCoイオンとして溶出(アノード反応4.5)します。また、同時に溶液中の酸素(溶存酸素)が還元され、水素イオンになる反応(カソード反応4.6)も起こります。そして、腐食はこれらのアノード反応とカソード反応が釣り合う形で進行していきます。硬質材料の腐食が進行すると、結合相であるCoが環境にさらされている表面から図4.2に示しますように溶出してしまうので、特に表面層の強度が低下し、摺動摩耗や剥離摩耗などが加速的に進行します。
この場合の腐食反応は以下のような反応式で表せます。

腐食反応(@):Co+1/2O2+H2O→Co2++2OH- (4.4)

アノード反応(@):Co(結合相)→Co2+(Coイオン)+2e-(電子)(4.5)

カソード反応(A)1/2O2(溶存酸素)+H2O+2e-→2OH- (4.6)
2-2ガルバニック腐食
一般的に標準電極電位の異なる金属どうしを接触させると、それらの金属の間で電池が形成され、標準電極電位が卑な金属、つまり溶出しやすい金属が貴な金属に優先して腐食(溶出)します。この現象をガルバニック腐食と言います。
例えば、硬質材料である超硬合金(WC-Co合金)とステンレス(SUS316)酸性溶液中で接触させた場合のガルバニック腐食の概念図を図4-3に示します。腐食速度を支配するのは電子(e-)の移動速度、すなわち電流値の大小であり、それを決めるのは両社の標準電極電位の差になります。この例の場合、ガルバニック腐食の標準電極電位差は単独腐食の局部電池機構における電位差と比較して大きいので、電子の移動速度が速くなり、腐食速度が増加することになります。図4-3では、WC-Co合金中のCoが優先的に腐食しています。
2-3すき間腐食
実際の環境においては、構造上の狭いすき間や凹部で他の部分と比較して腐食が進行する場合があります。この現象をすき間腐食と呼び、実用上においては重要な意味を持ちます。
中性溶液中におけるすき間腐食のメカニズムを図4-4に示します。腐食反応により、すき間内の酸素が欠乏し電位が下がると、酸素還元反応(カソード反応)は相対的に高い電位である外表面で起こるようになり、すき間内部ではアノード反応のみが優先して起こるようになります。さらに、溶出した金属イオンがすき間内部で高濃度になると、水酸化物を生成し、局部的にpHが下がる現象も発生し、腐食はすき間内部で急激に進行します。

5.防食方法

以上述べてきましたように腐食反応は電気化学反応であり、カソード反応とアノード反応とでの電子のやり取りにより腐食が進むことになります。腐食を抑える(防食)ためにはまずその腐食のメカニズムが何かを知ること、つまり浸漬試験ではどの元素が溶解しているか、分極試験ではどのような反応が起こっているかをしることから始まります。次にその反応を支配しているものを制御していくことにより腐食を防止します。従いまして防食方法は原理的には、カソード、アノード反応の一方または両方を制御する方法といえます。

1.カソード防食法
一般に溶液中でのカソード反応は、水素発生型(4.2式)と酸素消費型(4.6式)に分けられます。

(pHによる防食)
pHの低下とともに水素イオン濃度は増加するので、水素発生型のカソード反応速度も大きくなります。従いまして酸性雰囲気での使用は好ましくありません。中性溶液でも構造上局所的にpHが下がり局部腐食を生じることがあり、環境、構造に対する注意も必要となります。

(溶存酸素量による防食)
酸素消費型のカソード反応では、溶液中の溶存酸素の還元反応が主な反応となります。この反応を抑制するには、酸素濃度を下げる、酸素拡散を抑制する方法が考えられます。前者は科学的薬品により溶存酸素を除去する方法や、煮沸する(温度が上がると酸素溶解量が減少する)方法、後者では溶液の流速を抑え酸素の拡散を防止する等があります。

2.アノード防食法
(電位による防食)
ガルバニック腐食(4.2-2)を生じるような場合では、腐食を防止したい材料の電位を貴に設定する必要があります、この電位は分極曲線(3.2)により求めることができます。小さな電位の差でも相手材との面積比によっては大きな腐食電流が流れることがあり注意が必要となります。
電位を貴な方へシフトする方法としては合金化による方法があり、超硬合金でも結合相金属を合金化する方法などがとられています。

(不働態被膜形成による防食)
金属の溶解では本来の活性を失って貴金属のような特性を示すような現象があります。これは金属が表面に酸化物、水酸化物等の被膜を形成し、表面からの活性溶解を阻止するような現象であり不働態と呼ばれ、この被膜は不働態被膜と呼ばれています。この現象も分極曲線(3.2)により知ることができ、合金設計上重要となります。この技術は鉄鋼材では鋼にNi,Cr等を添加しステンレス鋼とすることでよく知られていますが、超硬合金でも結合相金属をCoからNiにしたり、さらに酸化膜を作りやすいCr、Moを添加する方法や、さらには結合相をTiとする方法がとられています。

(その他の防食法)
焼結硬質材では表面にポアや欠陥があると、そこで隙間腐食が生じたり、表面エネルギーの差により活性化して溶解したりします。充分に緻密化させるために焼結条件の検討やHIP処理による緻密化が重要となります。またカソード、アノード両反応を防止するために表面を完全に被覆してしまうコーティング処理もあります。
また硬質材を使用する側におきましても、例えば研削後は研削液を拭き取る、保管にあたっては湿度の低い場所に保管する、防錆油等を塗布する等環境に対する対策も必要になります。

6.応用製品

以上述べてきましたように弊社では耐摩耗材料の腐食に関する基礎研究を行い、その腐食メカニズムを解析した上で、耐食耐摩耗材料の開発・製品化に反映させております。弊社の製品であるWc-Ni系・Wc-Ni-Cr系超硬合金(NR、NMシリーズ)バインダレス超硬合金(RCCL、RCCFN)、Tic-Ti系サーメット要求にお応えしております。また腐食では製品使用環境などの把握も重要であり、ご使用環境に応じたご相談もお受けし、総合的な対策やアドバイスもおこなっております。

ニッタン技報 

日本タングステンへのお問い合わせはこちら

お電話・FAXのお客様はお近くの営業事務所へお問い合わせください。
  • 東京事務所 TEL 03-5244-9266 FAX 03-5244-9267
  • 刈谷事務所 TEL 0566-45-5333 FAX 0566-45-5334
  • 大阪事務所 TEL 06-6152-8577 FAX 06-6152-8614
  • 基山事務所 TEL 0942-81-7760 FAX 0942-81-7712
  • TEL 0942-50-0050 FAX 0942-81-7713
日本タングステン株式会社(Nippon Tungsten Co.,Ltd)
〒812-8538 福岡市博多区美野島一丁目2番8号
TEL 092-415-5500(代表) / FAX 092-415-5511(代表)
Copyright(C) 2006 Nippon Tungsten Co., Ltd. All right reserved.
お問い合わせフォーム お電話・FAXでのお問い合わせ